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文フリに行ってきた

先日生まれて初めて文フリというものに行ってきた。文フリとは文学フリーマーケットの略称である。以前からそういうイベントがあるとは聞いていたが、最近知り合った方(Yさん)の友人(Sさん)が同人誌を出すということで、チラ見だけでもしてこようと思ったわけだ。

 

会場の流通センターに着いたのは14時過ぎだった。僕は休日は昼まで寝ているし、何より人の多い場所が苦手なので、ギリギリまで行こうか迷っているうちにそんな時間になってしまった。まずは1階を見て回る。初めは財布の紐を固く握りしめていたのだけれど、売り子の人たちと会話を重ねるうちに握力が弱まってきた。特に印象に残っているのが「全部売れても赤字」というサークルの人との会話で、分厚い文庫本にも拘らず600円というお買い得価格で売っていた。とりとめのない雑談のはずが、いつの間にか新卒で行きたくもない会社からしか内定を貰えず、生きるのが辛いという自分の愚痴になってしまっていた。どうして初対面の人とそんな話になったのかは分からないのだが、おそらく彼から立ち昇る負のオーラと僕の社会に対する憎しみが共鳴したためだろう。その人も長らく契約社員非正規雇用で辛いという話を始めた。その時の彼の表情を、僕は忘れることが出来ない。それは自分自身の表情に瓜二つだったからだ。苦しんでいる自分を前にしてお金を出し惜しみするわけにはいかなかった(そんな理由で買うのも失礼な気はしたが)。

 

そうこうしているうちに1階では全部で1100円も使ってしまった。2階に上がるためにエスカレーターに乗った僕は緊張していた。Sさんのブースに向かおうとしていたからだ。特に何も言わずに来たが、以前Yさんと一緒にSさんと飲んだ時は楽しい時間を過ごし、泥酔した僕はマシンガントークを繰り広げた挙句ウコンまで買ってもらった。今更何を緊張することがあろうか。エスカレーターのせいで2階に着いた。僕は緊張のあまり直接Sさんのところへ向かわずにわざわざ端の方から回った。途中のブースで雑談してコミュ力を鍛えた。そしていよいよSさんのブースに。

 

僕「あっ、どうも…」

Sさん「あっ、………………どこかでお会いしたことありました…?」

僕「(ガビーン!)あっ、あのっ、○○(お店の名前)で以前…」

Sさん「あっ、あー久し振り!Yさん帰っちゃったよ!」

ガビーン僕「あっ…そうなんですか……今日はウコンのお礼を言おうと思って…あの時はお世話になりました…」

 

これがコミュ障の悲劇である。しかし僕は無感覚の繭に閉じこもり、Sさんの同人誌を買った。Sさんの隣には原稿を落とした(製本に間に合わなかったことを「落とした」と言うらしい)サークル仲間の人もいて、別に製本した自著を熱心に勧めてくれたのだけれど、1階のお買い得文庫を見た後と言うこともあり、見た目の薄さに買うのを見送った。

 

Sさんと別れて残りのブースを回った。その後も適当にうろうろして、猫と金魚の切り絵ポストカードを買った。800円もしたけれどかわいくて大満足。そろそろ帰ろうと思って建物から出るも、何となく心残りを感じて再び1階のブースを回る。もう片付け始めているサークルもあった。僕が立ち止ったのもそんなサークルの一つで、最後の本を片付けようとしているところだった。僕を見て片付ける手を止めたので、この文庫本はいくらですかと訊いた。100円だと言われた。即決で買った。これでようやくちょうど半分売れましたという彼の言葉をまだ憶えている。早く忘れたい。

 

今度こそ帰るために駅へと戻った。外はもう暗くなっていて、駅舎の窓ガラスに映った自分の顔を見た僕はハッとした。

 

こいつ誰だ…?

 

前週の激務で疲れ果てていた僕の髭は雑草のように伸び散らかし、ボサボサの髪は局所的に噴火し、落ち窪んだ目は夜の神田川のように淀んでいた。なるほどSさんが僕を認められなかったのも無理はない。コミュ障は一つ学び、滑り込んで来たモノレールに乗った。

 

おしまい