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ネットワークスペシャリスト試験の反省

受ける前から分かっていたけれど惨敗。

 

午前2:過去問が多数出ていたので何とかなったかも知れない。5〜6割の感触。

午後1:思っていたより基本的な問題が多く、参考書で読んだ記憶はあるのに内容を思い出せなくて悔しい思いをした。おそらく4〜5割。

午後2:午後1で合格は無理だと悟ったのでやる気はなかったが問題の選択ぐらいはした。正直言って、何の話なのかも分からなかった。勉強不足を痛感した。

 

勉強時間は9月が19.9時間、10月が16.7時間の計36.6時間。この時間をベンチマークにしつつ、働きながらでも勉強時間を確保する方法を確立したい。

 

今年の反省を活かして来年の秋は合格したい。

白州蒸溜所に行ってきた

山梨県は遠い。小淵沢駅に着くまで4時間以上かかった。田舎の電車は無駄に停車時間が長い。さらに駅から曲がりくねった道をタクシーで走ること10分。駅から片道1990円は高い。

 

 ようやく蒸留所に着き、受付から蒸留所の施設までさらに5分ほど歩く。蒸留所までの道には知らない花やマツタケの木が生えていた。

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蒸留所見学ツアーが始まるまで時間があったのでショットグラスや燻製ミックスナッツ、山崎蒸留所の樽で仕込んだ梅酒などを購入。この梅酒が美味しいのでオススメ。冷静に考えてツアーが終わってから買えば良かった。そして見学ツアーが始まった。

 

麦芽ジュースを作る仕込み工程。スチールのウロコ模様が美しい。

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発酵槽。液状化したパンを思わせる強烈な匂いがする。発酵のピーク日だった。

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 蒸留釜。ここで二度の蒸留を経てニューポットと呼ばれる蒸留酒になる。この時点では無色透明だそう。

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貯蔵庫。温度管理はしていないということだが、貯蔵庫の中は肌寒いぐらいだった。ここで何年も何十年も寝かされてウイスキーになると思うと感慨深い。

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そしてお待ちかねの試飲会。真ん中のホワイトオーク樽原酒は木の香り、右側のライトリーピーテッド原酒は発酵槽のところで嗅いだ麦の香りだ。個人的にはライトリーピーテッド原酒の方が好き。こうして原酒を飲んでから製品の白州(左)を飲むと勉強になる。ちなみに奥のはハイボールを作るための白州。自分で作ったハイボールもなかなか良かった。

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蒸留所見学ツアーの後は有料試飲バーに。この小旅行の目的である。

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まずは白州25年と響17年の構成原酒ミズナラ。白州25年はまろやか過ぎて白州特有のピーティーさが薄く、やや期待外れだった。個人的に最高だったのが隣の響17年の構成原酒ミズナラである。香木のような強烈な香りで、一口飲めばオリエンタルなイメージが脳内に広がる。何度でも言うが最高。

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次に飲んだのが響30年と響17年の構成原酒スモーキー。響30年は美味い以外の感想がない。強烈な個性はないが、最高のバランスで最高に美味い。以上。響17年の構成原酒スモーキーはまあ予想通りの味。

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本当は山崎25年も飲みたかったが、この辺りで味が不明確になってきていたので、最後に響17年の構成原酒シェリーを注文。これも予想通りの味で驚きはないが美味しかった。

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今回飲んだ5種類を独断と偏見で順位付けすると

 

響17ミズナラ>>>響30>>白州25>響17シェリー>響17スモーキー

 

という感じ。響17ミズナラは飲んで損はないと思う。味はもちろん素晴らしいがそれ以上に驚きがある。

 

そして帰路に。来た時同様、タクシーで駅まで行く。お土産のミックスナッツを食べながら駅周辺をぶらぶらした。駄菓子屋さんがあったので駄菓子を買った。麩菓子が美味しかった。疲れていたので帰りは特急に乗った。特急は高い。

 

おしまい

応用情報技術者試験の結果

何とか合格できた。これで年初に立てた目標の一つを無事達成したことになる。次はプログラミングかな。最近は世間の英語熱も冷めてきた感じがするし。

 

それと何番煎じか分からないけれど自分なりの試験対策をまとめておく。

 

◆スペック

・文系

・非IT職

・昨年秋の基本情報に合格

 

◆参考書

・合格教本(技術評論社

・一問一答アプリ(Tokyo Interactive)

・午後問題の重点対策(iTEC)

 

◆対策

試験2か月ほど前から合格教本を読み進めていたが途中何度も挫折しそうになった。練習問題を解いていたわけでもないのに通読したのは試験2週間前。内容が恐ろしく退屈な上、(実務経験がないからか)イメージが湧きにくい。よくネットで見る試験対策はこの本を何度も通読するというものだが、個人的には一度で限界だった。しかし網羅的な本なので一度読み通せば試験範囲を把握するのに役立つ。

 

試験1か月ほど前から通勤電車で一問一答アプリをポチポチ。この辺りでヤバいなと思い、途中で投げ出していた合格教本も再び読み始めた。時間の都合上このアプリは1周しかできなかったが、午前問題対策をする上で2、3周する価値はある。

 

試験1週間ほど前、ついに午後問題の重点対策に手を付ける。全く分からなかった。この時点で全問題を解くのは無理だと悟っていたので、合格教本と一問一答アプリで何となく掴んでいた自分の得意分野に絞って勉強した。応用情報技術者試験ではセキュリティ以外の4問を10問から選択できるので、決め撃ちをし易い。余裕を持って5、6問の対策をした。

 

◆試験本番

午前で意外と苦戦した。この時一問一答アプリをせめて2周はすべきだったと後悔した。午後はセキュリティでいきなりコケたが、残り4問は予定通り先に問題にざっと目を通してから決め撃ちした。

 

問題の選択に関しては、文系だからといってストラテジやマネジメントに偏らせると記述で痛い目に遭う可能性があったので、半分はテクノロジ、残りの半分はストラテジ・マネジメントを解いた。分野のバランスというより、解が一つに決まる問題(記号問題や計算問題)と記述問題のバランスをとることを意識した。

 

反省点は時間配分に失敗したこと。最初のセキュリティで悩んで時間を浪費したのが響き、最後の問題に取り掛かる頃には残り15分しかなかった。幸い間に合ったがケアレスミスもあったし、見直しの時間も十分に取れなかった。

 

まあこんなところだろうか。とりあえず午後問題の重点対策はオススメ。

会社を辞めたい

会社を辞めたい。

 

弊社には長時間労働サビ残などの問題がある。鬱で休職・退職する若手も少なくない。人間関係も良くはない。

 

しかし僕が我慢ならないのは、旧弊な社風がもたらす息苦しさである。この息苦しさを説明するのは難しいのだが、一例として飲み会への強制参加を挙げたい。

 

歓送迎会や忘年会への参加はまあ仕方ない。社会人として必要なことだとも思う。しかしそれ以外の飲み会に強制参加させられるのは納得いかないし、かなり苦痛だ。というのも、弊社の飲み会での話題は僕や僕の同期に対する説教や、その場にいない人間に対する悪口ばかりだからだ。しんどい。翌日や翌々日のフラッシュバックも頻繁にある。特に以前受けた資格試験の最中にフラッシュバックしたのは堪えた。幸い試験は合格していたが、不合格であれば余程惨めな気持ちになっていたことだろう。

 

この飲み会への強制参加、多い時は月に何度もあるわけだが、少なくとも僕の部署の人間は参加したくてしているわけではない。でっち上げた理由を盾に上司は飲み会をサボり、僕に嫌な役回りを押し付けることすらある。みんな死んで欲しい。こんな非生産的な会を頻繁に開くことに一体何の意味があるのだろうか。少なくとも社員の懇親とは程遠いと思う。

 

ここまで書いてきてようやく自分の感じていることの輪郭が見えてきたのだが、こういった、いわば全体主義的な同調圧力が息苦しさをもたらしているのだと思う。仕事でも同じことで、他人に嫌われるのを恐れる人間ばかりで誰も何も言わない。その結果、物事が遅々として進まず、皆の仕事が増え、残業が増え、閉塞感が募るばかりだ。

 

僕も嫌われることを怖れず、はっきり飲み会には出ませんと言えば良いだけのことなのだ。実際初めはそうしていたのだが、逆に個人的に説教される始末で仕事に支障が出そうになり、今は何も言えなくなってしまった。もしかしたら多かれ少なかれ、他の人も僕と同じなのかも知れない。あるいは昔から働いている社員は、飲み会への強制参加も仕事の一環だと考えているのだろうか。

 

自分の意見をはっきり言うだけでも難しいが、それを社内で認めさせることはより難しい。「そういうことは仕事が一人前に出来るようになってから言え」という叱責が飛んできそうだ。しかしそれは論点のすり替えに過ぎないし、一人前に仕事をしている人がそういう主張を通している姿も見たことがない。実際、先に述べた上司は自己中心的な人物だが仕事は出来ると思う。それでも社内社外問わず自分の意見を通せているわけではない。

 

結論になるが、この雰囲気、息苦しさを、僕一人で変えることは出来ない。出て行くしかないのだ。出て行く時ぐらいは、自分の意見をはっきり言えるようになりたい。

今年の目標

※12/31追記

・無形

 ①コミュニケーション能力

 →達成。かなり良くなったと思う

 ②時事への関心

 →未達成。それどころか今まで以上に関心がなくなった

 ③教養

 →未達成。積極的な努力はしていない

 

・有形

 ①TOEIC 900点以上 or 英語検定1級

 →未達成。そもそも受けていない。来年初めに何度かTOEICを受ける予定

 ②応用情報技術者試験 or セスペ

 →達成(応用情報)。セスペの代わりに受けたネスペは落ちたので来年リベンジ

 ③C/C++ or Javaのプログラミング技術

 →未達成。何も作りたいものがなかったので一切成長していない

 

無形・有形ともに達成率は三分の一というところか。来年も何か考えたいな。

文フリに行ってきた

先日生まれて初めて文フリというものに行ってきた。文フリとは文学フリーマーケットの略称である。以前からそういうイベントがあるとは聞いていたが、最近知り合った方(Yさん)の友人(Sさん)が同人誌を出すということで、チラ見だけでもしてこようと思ったわけだ。

 

会場の流通センターに着いたのは14時過ぎだった。僕は休日は昼まで寝ているし、何より人の多い場所が苦手なので、ギリギリまで行こうか迷っているうちにそんな時間になってしまった。まずは1階を見て回る。初めは財布の紐を固く握りしめていたのだけれど、売り子の人たちと会話を重ねるうちに握力が弱まってきた。特に印象に残っているのが「全部売れても赤字」というサークルの人との会話で、分厚い文庫本にも拘らず600円というお買い得価格で売っていた。とりとめのない雑談のはずが、いつの間にか新卒で行きたくもない会社からしか内定を貰えず、生きるのが辛いという自分の愚痴になってしまっていた。どうして初対面の人とそんな話になったのかは分からないのだが、おそらく彼から立ち昇る負のオーラと僕の社会に対する憎しみが共鳴したためだろう。その人も長らく契約社員非正規雇用で辛いという話を始めた。その時の彼の表情を、僕は忘れることが出来ない。それは自分自身の表情に瓜二つだったからだ。苦しんでいる自分を前にしてお金を出し惜しみするわけにはいかなかった(そんな理由で買うのも失礼な気はしたが)。

 

そうこうしているうちに1階では全部で1100円も使ってしまった。2階に上がるためにエスカレーターに乗った僕は緊張していた。Sさんのブースに向かおうとしていたからだ。特に何も言わずに来たが、以前Yさんと一緒にSさんと飲んだ時は楽しい時間を過ごし、泥酔した僕はマシンガントークを繰り広げた挙句ウコンまで買ってもらった。今更何を緊張することがあろうか。エスカレーターのせいで2階に着いた。僕は緊張のあまり直接Sさんのところへ向かわずにわざわざ端の方から回った。途中のブースで雑談してコミュ力を鍛えた。そしていよいよSさんのブースに。

 

僕「あっ、どうも…」

Sさん「あっ、………………どこかでお会いしたことありました…?」

僕「(ガビーン!)あっ、あのっ、○○(お店の名前)で以前…」

Sさん「あっ、あー久し振り!Yさん帰っちゃったよ!」

ガビーン僕「あっ…そうなんですか……今日はウコンのお礼を言おうと思って…あの時はお世話になりました…」

 

これがコミュ障の悲劇である。しかし僕は無感覚の繭に閉じこもり、Sさんの同人誌を買った。Sさんの隣には原稿を落とした(製本に間に合わなかったことを「落とした」と言うらしい)サークル仲間の人もいて、別に製本した自著を熱心に勧めてくれたのだけれど、1階のお買い得文庫を見た後と言うこともあり、見た目の薄さに買うのを見送った。

 

Sさんと別れて残りのブースを回った。その後も適当にうろうろして、猫と金魚の切り絵ポストカードを買った。800円もしたけれどかわいくて大満足。そろそろ帰ろうと思って建物から出るも、何となく心残りを感じて再び1階のブースを回る。もう片付け始めているサークルもあった。僕が立ち止ったのもそんなサークルの一つで、最後の本を片付けようとしているところだった。僕を見て片付ける手を止めたので、この文庫本はいくらですかと訊いた。100円だと言われた。即決で買った。これでようやくちょうど半分売れましたという彼の言葉をまだ憶えている。早く忘れたい。

 

今度こそ帰るために駅へと戻った。外はもう暗くなっていて、駅舎の窓ガラスに映った自分の顔を見た僕はハッとした。

 

こいつ誰だ…?

 

前週の激務で疲れ果てていた僕の髭は雑草のように伸び散らかし、ボサボサの髪は局所的に噴火し、落ち窪んだ目は夜の神田川のように淀んでいた。なるほどSさんが僕を認められなかったのも無理はない。コミュ障は一つ学び、滑り込んで来たモノレールに乗った。

 

おしまい

語り手としての成瀬順

心が叫びたがってるんだ。』を4度観たので感想でも書こうと思う。何故4度も観たかというと、ヒロインの成瀬順がかわいくて仕方なかったからだ。彼女の小動物的なかわいらしさに夢中になってしまった。

 

ところで、成瀬順はこの映画のヒロインであるだけでなく、自らの過去の雄弁な語り手でもある。彼女は幼い頃、父親が見知らぬ女と車に乗ってラブホテルから出てくるという衝撃的な光景を目にするのだが、その語り手としての才能は車を白馬に、父親と見知らぬ女を王子様とお姫様に歪曲する。そしてそのことを無邪気にも母親に話した結果、両親は離婚することになる。悲嘆に暮れるロリ瀬順の前に、玉子の妖精が現れる。玉子の妖精は彼女の雄弁を戒め、彼女の幸せのために口がきけなくなる呪いをかける。これはやはり超常現象などではなく、彼女が生み出した幻想である(「やはり」というのは、本作の姉妹作ともいえる『あの花』においても、病んだ主人公が故人の本間芽衣子を幻視するからだ)。

 

 高校生になった成瀬順は自分が喋らない理由について、メールを通じてこのように語るのだが、この話を聞かされたクラスメイトの坂上拓実は当然のように空返事をするしかない。クラスでも浮いているダンマリ女が電波だったとは…とでも思っているのかも知れない。しかし、少なくとも表面上は純朴な聞き手を獲得したことに調子を良くしたのか、母親にダンマリを叱責されて家を飛び出した成瀬順はさらにその語りを暴走させる。何と自分の辛い過去を高校の出し物の脚本に仕立てあげてしまうのだ。このようなギュンター・グラス並みの強かさまで併せ持つ語りの天才である彼女は、その稀有なパントマイム話術(超かわいい)でクラスメイトの心を鷲掴みにし、見事自作劇のヒロインに収まる。さらに、王子様役には恋心を抱くようになった坂上が選ばれる。ここで、王子様と(未来の)お姫様という取り合わせは冒頭のラブホテルの不吉さを匂わせるが、その場合貧乏クジを引かされるのは文字通りの正妻である仁藤菜月であり、成瀬順は坂上と結ばれることによって過去のトラウマとの皮肉な相似形を描くはずだった。

 

しかし話はここで終わらない。

 

ミュージカル本番の前夜、リハーサルの後片付けをしていた成瀬順は、坂上と仁藤の密会を目撃する。そこで坂上の想い人が自分ではないことを知った彼女は絶望し、夜の街を走り抜ける。彼女の脳裏には父親と見知らぬ女がラブホテルから出てくる場面がフラッシュバックしていたかも知れない。走りに走って転んだ彼女が見たものは、またしても玉子の妖精である。玉子の妖精は、今度は彼女の「心がお喋り過ぎる」ことを非難する。もちろんこれも彼女の幻想だ。幸せになるために喋らないという長年の願掛けが失敗に終わった理由を、彼女は何としても見つけなければならなかった。その苦し紛れの弁解が「心がお喋り過ぎる」という一見意味の通らない言葉の意味なのだ。新しい呪いのために心を閉ざした成瀬順はそのままどこかへ行ってしまう。

 

 そして迎えたミュージカル本番、教室ではヒロインの不在に皆がどよめいていた。ここで昨晩の会話を聞かれていたことに思い至った坂上は、成瀬順を見つけて連れ戻すために山の上のラブホテル跡へと向かう。実際に彼女はそこにいるのだが、このことはまだ自分はお姫様であるという物語に彼女が囚われていることを示唆している。しかし迎えに来た坂上に玉子の妖精の存在を否定され、激高した成瀬順は「(玉子の妖精が)いないと私が困るの」とついに本音を吐露する。彼女は堰を切ったようにこれまで溜め込んでいた気持ちの全てを彼にぶつける。もちろん彼女の告白は断わられるのだが、このことによって彼女は長年自分を縛ってきた「王子様とお姫様の物語」からようやく完全に解放されるのだ。

 

この後二人は高校に戻り、ミュージカルも何とか無事に終える。最後に野球部の何とか君に告白されて頬を染める成瀬順、で映画は終わるのだが、もちろんこのオープンエンディングも彼女が自分自身を縛っていた物語から逃れたことを示唆している。野球部の何とか君と付き合うことになってもならなくても、成瀬順は王子様=坂上と結ばれなかったことで、「王子様とお姫様」という過去のトラウマとの不幸な相似形から逃れただけでなく、自らの語りからも逃れることに成功したのだ。